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2004/08/22

駐車場になった聖地

去る8月14日に、長男と靖国神社に参拝し、遊就館巡りを
したことは、先に書いた。

翌日、終戦記念日のニュースを見ると「いつもの光景」が
映し出されていた。

・本殿に参る人たち
・軍服コスプレのおじさんと右翼のお兄さん
・参拝する閣僚に公私の別を聞く記者

この辺を見ると、十年一日のようである。

ただ、現地に行くと「変化」がある。

まずは、右翼の街宣車である。

昔は、靖国神社近くでは音量を下げていた。
英霊の眠る靖国で、静穏を乱すようなことは謹むことは、
一般人でも常識である。

まして、その尊崇の念が格段に高い右翼ならなおさらのこ
とである。

しかし、いつからだろう、境内脇の靖国通りでも大音量で
がなりたてるようになったのは。

10年ほど前からは、境内の中の駐車場に入っても軍歌を流
す街宣車を見るようになった。
あまりにも腹が立ち、街宣車の右翼に抗議したことが何回
かある。
素直に「申し訳ない」とすぐにスピーカーのスイッチを切
ってくれるが、中には逆ギレする者もいた。

靖国神社を理解しているはずの右翼ですら、この体たらく。
とんでもないことになったものである。

実は、もっと「とんでもない」ことが起こっていた。

靖国神社には、招魂斎庭というものがある。200数十万の
死者の霊を神社本殿に奉る前に、あらかじめ招くために
使った場所である。
いわば、靖国の聖地とも言える場所である。

実は、この聖地が、一部を除いて月極の駐車場になって
いるのである。
前出の遊就館近くにあるのだが、そこがかつて聖地であ
ったことを想像することは出来ない

坪内祐三氏の手による「靖国」という力作がある。
yasukuni.jpg
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101226318/qid=1093140982/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-6218646-3203437

自分はこの事実をこの著書で知ったのだが、読後に改め
て現地を訪れて、表示板の前で力を失ったことを鮮明に
覚えている。

靖国神社をして、これである。
靖国に「好意的」な右翼や政治家、文化人のうち、果して
どれだけの人が心から英霊を想っているのだろう。

本来であれば、駐車場にする計画が出た時、彼ら彼女らを
中心とする大反対運動が起こってもおかしくはない。
しかし、残念ながら、全くそのような記憶はない。

それだけに威勢よく、
「国のために亡くなった人のために」
「英霊のため」
と口にする人々の真意を疑ってしまう。

その言葉の底意に英霊を利用しようとする別の目的を感じて
しまうのである。

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コメント

先祖を敬う心が今の日本人にはあるのだろうか、国のためだけではなく、家族のために戦った人たちに対してなんと思うのか。

投稿: 日本を愛する会 | 2004/08/24 11:50

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