「チャリンコ」という言葉が広がったきっかけは?
自転車を表す言葉に「チャリンコ」という言葉がある。
私は、アルファベット3文字の外来語を含めて、古くからの日本語があるのにあえて無意味に言い換えるようなことに非常に抵抗感を感じる。
役所やコンサルティング会社、情報産業(いわゆるIT企業)のレポートなどがその代表である。
実は、民営化から20年近く経つというのに、いまだに国鉄をJRと呼べなかったりする。
最初は、「東日本旅客鉄道」「西日本旅客鉄道」などと言っていたが、言いにくい(当然だが)ので諦めた。
今では、「東北新幹線」「東海道線」「山手線」などと路線名で言うようにしている。
やむなく「JR」と言わねばならないときは、言葉を奪われたような何とも言えない屈辱感すら覚える。
さて、前置きが長くなったが、このような理由から、自分では「チャリンコ」という言葉を使うことはない。
しかし、40歳以下の層では、自転車を表す意味の言葉として、「自転車」そのものだけでなく、その派生語までに広がって使われている。
例えば、
「原動機付き自転車」から「原チャリ」
「婦人用自転車」から「ママチャリ」
とバリエーションが広がっている。
さて、この「チャリンコ」の語源はどこから来たのか?
また、その言葉が広がったのはいつかなのだろうか?
前者については、諸説あるのでご存じの方も多いと思う。
大きく分けると
1.自転車のベルの音から
2.韓国語で自転車を意味する「チャジョンゴ」
※ネットで検索すると「韓国語で自転車を『チャルンケ』という」といった
説があるが、少なくとも標準語や慶尚道(キョンサンド)、全羅道(チョルラド)
などメジャーな方言(サトゥリ)には、そのような言葉はない。
鑓水 兼貴氏のホームページ(http://triaez.kaisei.org/~yari/Newdialect/)
で公開されている、
井上史雄氏 「新方言辞典稿 (インターネット版)」(1996年版)
によると、
チャリンコ 「自転車」;東京で1970年頃から使われ始めた言い方;大学生では全国各地で使用(永瀬1995);チャリキ,チャリ,チャーリーと縮めることもあるし,ゲンチャリ(原動機付き自転車=バイク),カマチャリ,ママチャリ,マジチャリ,チャリツウ(自転車通学)などのことばも再生産している(吉田則夫によると岡山市でも使うという);戦後まもなくはチャリンコは「こどものスリ」を指すことばだった;それが意味変化(またはことばの廃物利用)を起こしたらしい;韓国語の「自転車」によるという説(真田)もある;東海地方に広がっていないのは,以前から若者の間にケッタ/ケッターが使われているからである;
だとか。
確かに名古屋や長野出身者がで「ケッタ」「ケッタマシーン」と言うのを聞いたことがある。
「チョッキ」や「パッチ」「チョンガー」と同様に韓国語起源ではないかと思うのだが、自分の出身地九州では「チャリンコ」という語は一般的では「なかった」。
「なかった」と過去形にしたのは、ある「出来事」を境にして、急速にその語が流通し始めたからである。
「チャリンコ」が広がった時期については、前述の 「新方言辞典稿」でも1970年頃に東京で使われ始めたとしている。
では、全国に波及したのはいつなのか?
この件を調べるに辺り、ネットでも調べたのだが、誰も触れていない。
私は、
子ども向けドラマ「がんばれ!!ロボコン」が「チャリンコ」を全国に普及させた。
と考えている。
「がんばれ!!ロボコン」については、何度か再放送があったり、リメイク版「燃えろ!!ロボコン」も放送されているので、ご存じの方も多いと思う。
簡単に説明すると原作は、石森 章太郎(現:石ノ森 章太郎)。
NET(現:テレビ朝日)系で、ちょうど今から30年前の1974年10月4日に番組が開始され、1977年3月25日までの間、全118話が全国で放送された。
「がんばれ!!ロボコン」の詳細については、こちらを見ていただきたい。
このドラマの中に喜劇役者の故 由利 徹が扮する町田巡査というトボけた感じの東北弁の警官が出てくる。

(由利徹 扮する町田巡査)
私は、この町田巡査(=由利徹)が「チャリンコ」の言葉を全国に普及せしめた張本人と考えている。
彼は、毎回、白い自転車で登場。
そして、ほぼ毎回、自分の自転車を「チャリンコ」と称していたのである。
この町田巡査の
「チャリンコ」
という言葉と、
「こりゃまた、すんずれいしました。」
というセリフは、東北弁に馴染みの薄い九州の子供にはウケて、放送の翌日にマネする子供がいたものである。
私の推測としては、
・1970年頃、東京で「チャリンコ」という言葉が使われるようになった。
・それを聞いた(あるいは使っていた)脚本家が「がんばれ!!ロボコン」に採用。
・1974~77年に放送された「がんばれ!!ロボコン」で全国に広まった。
と考えている。
それから、1世代、約30年が経過し、「チャリンコ」という言葉が定着したと思うのだが、いかがであろうか?
これに類似した例として、軽くチャチャを入れる時などに、
「経験者は語る。」
というフレーズが、よく使われるが、
これも「3年B組 金八先生」の第1シリーズで、三原順子(現:三原じゅん子)が級友に
この言葉でチャチャを入れられるというシーンから、流行語になった。
25年も経つと、流行語が定着語として残ったとしても、オリジナルとは違った意味が付加
あるいは全く異なった意味になったりすることもある。
にもかかわらず、現在でもほぼ同じように使われているので、当時を知る者としては不思議な感じである。
さらに前出の「チャリンコ」が「ロボコン」で度々登場したのに対し、「経験者は語る。」は、たった1回。
こうして考えると、テレビの影響力とは、恐ろしいものである。
新しいメディアであるインターネットからは、どのような後世に残る言葉やフレーズが出て来るのだろうか?
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