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2005/02/12

なぜ「大納言小豆」というのか?

乳製品が苦手な自分は、昔から和菓子派である。

バレンタインデーに羊羹や最中が机に積まれた時は、これで花瓶があれば完全に「葬式ごっこ」の状態であった。
(ヤツら絶対にネラっていたとしか思えない。)


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(これを聴けば今からでもバレンタインに間に合う?)

その材料で良質とされるのは、

丹波産の大納言小豆

である。

高級和菓子の能書きを読むと、

「本品は、○○の天然水、上質な和三盆と最高級の京都 丹波産の大納言小豆を使用し...」

なんていうことが書いてある。

歴史マニアの自分としては、

「なぜ、小豆ごときに『大納言』の名が?」

という疑問が沸く。

「大納言の名を冠せられるくらい高級な品種」

だと思って最近まで生きてきたのだが、どうもそうではないらしい。

旧丹波国は、今の兵庫県と京都府にかかる地域
その一方である兵庫県のサイトをみると、こういうことが書いてあった。

丹波大納言小豆
   
丹波市春日町東中が発祥の地 、丹波の小豆は「大納言小豆」と呼ばれ、その名称の由来 は、「幕府は多くの特長をもっ た小豆を賞味し、大納言は殿中 で抜刀しても切腹しないですむ ということから、煮ても腹が割 れない小豆を大納言小豆と名付けた。」と言われています。

なるほど、

大納言は殿中で抜刀しても切腹しないで済む
    ↓
煮ても腹が割 れない
    ↓
大納言小豆

というのが、その名の由来だったのである。

では、本当に「大納言は殿中で抜刀しても切腹しないで済む」のか?

「忠臣蔵」で有名な浅野内匠頭は、殿中で抜刀して切腹を仰せ付けられた。

「内匠頭(たくみのかみ)」の官位は、「従五位上」
大納言は、「正三位」
江戸時代、武家で「大納言」の官位にあったのは、尾張徳川家紀州徳川家
同じ御三家でも水戸藩「従三位」「中納言」

ちなみに「中納言」の唐名を「黄門侍郎(こうもんじろう)」(肛門痔瘻ではないので念のため!)、略して「黄門」といいます。
徳川光圀は、水戸藩主で権中納言であったことから、「水戸黄門」と言うわけです。

一橋、田安、清水の御三卿も「中納言」。
(ただし、御三卿は、大納言に昇進することが出来た。)

外様の大藩である加賀 前田家も江戸初期と一部を除けば、「正四位下」の「左近衛権中(少)将」や「参議」。
これだけの家格だと、いくら幕府とはいえ、おいそれと切腹など申し付けられません。

駿河大納言こと徳川家光の弟 徳川忠長は、切腹を仰せ付けられている。
でも、これは殿中で抜刀したわけではないので、この事例を除くと「大納言は殿中で抜刀しても切腹しないで済む」というのは当たっているかも知れませんね。




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