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2005/02/09

弁慶の「立往生」はフィクションか?

先日、平泉を訪問した際、 「立往生(たちおうじょう)」で有名な武蔵坊 弁慶の墓に立ち寄った。

弁慶と言えば、悲劇のヒーロー 源 義経の家来。
その忠義剛力で古くから日本人に愛された人である。

弁慶 後藤又兵衛

現在、NHKの大河ドラマ「義経」で放送されていることもあり、まさしく「旬」の人である。

弁慶の墓は、「立往生」で知られる最後の地である衣川から離れた、中尊寺の門前にある。

tomb_of_benkei
(武蔵坊 弁慶の墓)

言い伝えでは、体中に矢を受け、針ネズミのようになりながらも、最後まで主人である義経を守り、立ったまま息絶えたという。

果たして、「立往生」は可能なのか?
最初は、弁慶の気迫と忠義を示す文学的な表現として考えていた。

しかし、大学生の頃、「戦争に反対する戦争」」(War against war)という本を読んで、

※「戦争に反対する戦争」 エルンスト・フリードリッヒ編、坪井主税、 ピーター・バン・デン・ダンジェン共訳編 /竜渓書舎 1988年

「もしかしたら...」

と思うようになった。

この本は、第一次世界大戦後にオランダで発行された写真集で、戦争の悲惨さを伝えるために死傷兵の姿を撮影したものである。

爆風で顎を吹き飛ばされた後、何度にもわたる手術をした兵士。
四肢を吹き飛ばされた兵士。
頭部の一部が失われた兵士。

このようなむごい姿になりながらも、彼らは、その後も生きなければならなかった。
これを見ると、「通常兵器」でも戦争は悲惨であることがわかる。

その中で、戦場で銃座に掴まったまま、息絶えた兵士の写真がある。
写真の下にあるキャプションには、このような意味のことが書いてあった。

「一撃で銃弾が心臓を貫通すると、人間は、そのままの姿で硬直する。倒れない兵士をめがけて何発もの銃弾が打ち込まれた。」

この一文を読んだ後、「弁慶の立往生」の話を思い出した。
そして、こう考えた。

「もしかすると、敵の放った強弓による矢が一気に弁慶の心臓を貫いたのではないか?」

それなら、「立往生」もあながち荒唐無稽な話ではない。
フィクションではなく、ある部分で真実を伝えていたのかも知れないのである。

gikeido
(源 義経 最期の地に建てられた「義経堂」)


scenery_of_hiraizumi
(義経堂そばから、北上川を望む)

残念ながら、自分は医者ではないので、この仮説が正しいのかはわからない。

医者である友人や先輩に幾度となく、この件について聞こうと思いつつも、いつも酔いに流されて忘れてしまうのである。



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