« 2ヶ月ぶりにバイクに乗る | トップページ | 無炭酸コーラを捕獲 »

2005/04/19

西武グループ崩壊は徳川秀忠の「呪い」だった!?

かつて米フォーブス誌は、西武グループ総帥である堤 義明「世界一の金持ち」と認定した。
あれから幾星霜、西武グループも堤義明も当時の栄光は地に落ち、今や見る影もない。

淋しきカリスマ堤義明

私は、

「徳川家の呪い」ではないのか?

と思うのである。

先週4月11日に西武グループが、東京プリンスホテルの隣接地に約300億円かけて建設した「東京プリンスホテルパークタワー」 (東京都港区)がオープンした。
33階建てで、エグゼクティブツインが1泊 5万7千円、デラックスツインは、4万5千円。なんと最上級スイートは1泊 98万円もする高級ホテルで、一般庶民には縁の無いところである。
しかし、西武グループ関係者は「グループ再生のシンボル」として期待する。

このパークタワー建設を指揮したのは、先日、証券取引法違反の罪で起訴された前コクド会長の堤義明。
その執念たるや東京拘置所からも開業に向けての指示を与えていたと言われるほどだったらしい。

実は、この東京・芝にある東京プリンスホテルは、元は徳川将軍家の菩提寺である増上寺の敷地の一部。

かつては、江戸幕府の威光を偲ばせる伽藍に壮麗な門、そして歴代将軍の霊廟(お墓)と大名から寄進された灯籠群などを誇っていた。

残念ながら、太平洋戦争中の空襲で多くは焼失、破壊された。

戦後、将軍家の霊廟があった土地を含む増上寺の墓地が売却され、西武グループ創業者で堤 義明の父 堤 康次郎の手に渡った。
当時、西武が不動産を買い漁る様は、最近のニュース番組や新聞の解説、あるいは猪瀬 直樹の著作「ミカドの肖像」に詳しいのでご存じの方も多いのではないだろうか。

ミカドの肖像

「強盗 慶太」 「ピストル 堤」

「強盗 慶太」とは、東急の総帥 五島 慶太を表し、 「ピストル 堤」 とは、西武の総帥 堤 康次郎のことを言い、それの強引な手法から、このように称される。
ライバルとして並び称された両雄だが、いずれも戦前・戦後を通じて、激しくの混乱期に国内不動産を買い漁って財を成したという点では共通する。

増上寺の土地も、堤には金儲けのネタの一つにしか過ぎなかったのだろう。

買収した土地には、東京プリンスホテルが建てられた。
徳川将軍家の霊廟は、発掘された後に増上寺の敷地内の片隅に改葬された。

ここには、2代 秀忠、6代 家宣、7代 家継、9代 家重、12代 家慶、14代 家茂の6将軍と14代 家茂夫人である皇女 和宮らが眠っていたのだが、霊廟跡の土地には、芝ボーリング場と芝ゴルフ練習場が建てられた

芝ゴルフ練習場は、2代将軍 秀忠の霊廟跡のちょうど真上に位置するのだが、多くの人は、そこが秀忠の墓であったことを知らずに土足で踏み付け、打ちっぱなしゴルフに興じていたのである。

小説 徳川秀忠

そして、その事実は、ほとんど知られることなく、芝ゴルフ練習場はその歴史に幕を閉じ、今度は霊廟跡にパークタワーが建設されるのである。

後世の人間が、土地を有効利用しようとすれば、かつて墳墓の地であった所も開発しなければならないこともある。
それ自身は、やむを得ない部分があるのも仕方がない。

しかしながら、死者に対する尊崇の念というものは、絶対になければならない。

このケースでも、霊廟の跡地に何かを建てなければならなかったとしても、何らかの配慮があってしかるべきではなかったか。

ゴルフの打ちっぱなし練習場を造るのがベストの選択だったとは到底思えない。

堤 康次郎、その後継者である堤 義明にも、徳川将軍家の霊への思いやりというものが、欠落していたのではないだろうか。

今回の事件とパークタワーの開業が、奇妙にシンクロしたのを見るに、これは「西武グループ=堤家」に対する徳川将軍家の「呪い」ではないかと思ってしまうのである。

呪い方、教えます。

永井 荷風の随筆に書かれた将軍家の霊廟の発掘改葬に関する記述を読むと、なおさらその思いが強くなる。

〓東(ぼくとう)綺譚
(永井 荷風と言えば、教科書にも出て来ます。)

12代将軍 家慶は、

顔の肌の色は昨日息を引き取った人のそれのよう。
おかげで瓜ざね顔で鼻の高い「大名顔」ともいうべき高貴な面貌や、華奢な骨格まで観察にことを欠かなかったのである。
だが外気に触れて、ものの三十分もたったかと思われるころ、乾燥しだした皮膚はにわかに裂け目を生じ、鉋屑のようにくるくるとはがれだしたではないか。

6代将軍 家宣は、

家慶の場合より、もっと完全な姿で再び日の目を見たのが六代家宣である。彼の死体は二重の銅棺に束帯姿で収まっていたのだが、なんら人手をわずらわさずに天然のミイラすなわち屍蝋と化していた。

(出典は、こちら

「科学的な処置や自然環境が整っていたから、保存状態が良かった」

と言ってしまうのは、簡単である。

それでも数百年にわたって、状態を維持できたのは、天の配剤である。
私は、その天運を呼び寄せたのは、歴代将軍の霊力ではないかと思うのである。

それだけ強い霊力を無碍にした結果が、今の堤家や西武グループの凋落ではないのだろうか。

(今回は、ちょっとオカルトっぽい感じになってしまいました。)


日本の呪い―「闇の心性」が生み出す文化とは
小松 和彦
光文社 (1995/08)
売り上げランキング: 102,200
通常4日間以内に発送
おすすめ度の平均: 3.5
4 人間社会を読み解くキーワード「呪い」と「祓い」
4 人間てあんま変わらない(;^^)。
2 金太郎飴の世界

|

« 2ヶ月ぶりにバイクに乗る | トップページ | 無炭酸コーラを捕獲 »

コメント

ありがとう、参考になりました。

投稿: 長さん | 2013/01/15 11:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41793/3745738

この記事へのトラックバック一覧です: 西武グループ崩壊は徳川秀忠の「呪い」だった!?:

» An adoption [擬藤岡屋日記]
かれこれ20年以上のお付き合いをさせて頂いている大先輩、永井永光(ながい ひさみつ)さんが養父である永井荷風に関するエッセイ『父荷風』を上梓された。ある偶然で知遇を得たのであるが、永光さんが荷風の養子で著作権継承者であるということ知ったの... [続きを読む]

受信: 2005/06/19 12:11

» ネルソンの子にはなれなかった [恵比寿法律新聞]
堤前会長、号泣…一夜にして“変心”、弁護士も解任(ZAKZAK) 民法の651条 [続きを読む]

受信: 2005/08/14 21:29

» 東京タワーは7000坪、東京プリンスホテルパークタワー下。 [ランドマーク、東京タワー。]
満月の真夜中、パークタワーの下からの東京タワー写真。ああ、良い空だ。ちなみに、写真下部に写っている増上寺は、徳川家ゆかりの寺で、もともと東京タワーの土地は、増上寺所有のものだった。撮影場所のパークタワーも、増上寺の土地だった。パークタワーは、戦後のドタバ... [続きを読む]

受信: 2006/10/10 04:25

« 2ヶ月ぶりにバイクに乗る | トップページ | 無炭酸コーラを捕獲 »