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2010/01/23

なんちゃってピカソ

ピカソは、「ピカソみたい」と言われる絵しか描けないわけではない。
それ以前に描かれた絵を見たら、きっと驚くと思います。

彼が「ピカソみたい」と言われる作風に行き着くまでには、青の時代、桃色の時代と呼ばれる時を経て、新古典主義の時代で一見先祖返りしたような画風になったかと思うと、またシュールレアリズムの世界に進むなど、「これが同一人物が描いた絵か?」と思うくらい画風が変わっています。

Picasso_blue_3
(青の時代)

Picasso_rose_2
(桃色の時代)

Classicism
(新古典主義の時代)

Surrealism
(シュールレアリズムの時代)

生涯に制作した作品は数万点とも言われますが、自分には、その画風の変遷と作品の数が、苦しみ悩んで挑戦し続けた彼の試行錯誤の全てのように感じられます。

彼の人物画の変遷を見ると、単に目に見えるものを写すのではなく、その人から受けた印象や内面的なもの、精神状態など、自分が感じたものをいかに描くかに挑み続けて来たかの歴史のようです。

豊かな芸術の才能に加えて、そういった描き手とモデルとの間の真剣勝負のやり取りが作品から伝わってくるからこそ、ピカソの絵は、「ピカソの絵」として確立出来たのでしょう。

結果には、必ずそこに行き着くまでの過程があります。
そこに至った想いがあります。
それを理解せずに、基本的な能力も努力もなく、目に見える表面的なものだけを見て、形だけをマネても、誰の心も動かすことはありません。
せいぜい良くて「~風な」「~的な」という形容詞が付けられるだけで、下手すると一顧だにされないままかも知れません。

企画会議に参加していると、なんちゃって「ピカソの絵」の話がいっぱい出て来ます。

「あんな落書きみたいな絵が何億円?俺だって描ける」
「あれが売れるなら、同じようなのを、ささっと描いて、ぱぱっと売って金を稼ぎましょう!」

そんなやり取りばかりを何度も見ていると、自分の中の感情にも移り変わりが出て来ます。
ピカソの画風というよりは、キューブラー・ロスの「死の受容への過程」に近いかも知れませんね。

第1段階「否認」:こんなのあり得ない。こいつら本気で言っているのか?
第2段階「怒り」:バカじゃない?正気じゃない!
第3段階「取り引き」:自分のやってることに邪魔されなければいいか…
第4段階「抑うつ」:このままでいいのだろうか?もうダメかも知れんね。
第5段階「受容」:もうなるようにしかならん。自分は自分のことをしっかりやるだけ。

書いてて、あまりにもきれいに当てはまったので、ちょっと悲しくなりました。

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