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2010/09/09

それぞれの時計が再び動き出す時

仕事で夜間にサーバー切り替えの作業があるので待機していたら、このようなニュースが入って来ました。

予想はしていたけれど、改めて正式に発表されると、胸にグッと迫って来るものがあります。涙なんかでは、表せられない、肺の奥に密度の高い熱い空気の固まりがあるみたいな感じです。

Dsc_2589
(脱退を表明したGt.& Vo. ゴウ。いままで本当にありがとうございました。写真は、最後の箱ライブとなった横浜BAY HALLで客席を見ている姿。)

思いを書きつらねるとキリがありませんし、全部を言い尽くせるほどの表現力もありません。
幸い仕事の途中でもあるので押し寄せる複雑な感情をどうにか押さえることが出来ています。

この10年の間に、それぞれの夢の形が少しずつ変わって来た結果なのでしょう。
同じ雲でも形は同じじゃないし、同じ場所にずっといるわけでもない。
昼間は白い雲だって夕方になれば赤く染まり、夜になれば闇に染まるように。

雨を降らせ、一時的に姿を消したとしても、地に落ちた雨は、川を流れ、海に戻り、やがて、水蒸気となって天に昇り、様々に形を変えながら再び雲に戻ります。

今すぐにステージに戻ることはないとしても、これから先、たくさんの経験をして、時間を過ごした後、感情が溢れ、また表現をしたくなったら、みんなの前でぜひ見せてください。
それが音楽であることを望みますが、詞でも、文章でも、映像でも、演技でもいいです。
彼らが「夢追ト」として歩んで来た結果であれば。

崇徳院の歌に、このようなものがあります。
百人一首にも入っているから、ご存じの方もいるかも知れません。

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢わむとぞ思ふ

「激しい川の流れが、岩にぶつかって二つに割れてしまっても、再びひとつになって流れていく。同じように、今はこうして分かれてしまったけれど、きっと将来いっしょになろうと思う。」

というような意味ですが、ファンとしては、

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢わむとぞ「願ふ」

という気持ちです。

今日をきっかけに、彼らひとりひとりの時計がそれぞれの新しい時を刻みはじめました。
彼らが彼らである限り、熱く夢を追い続ける限り、自分は、どこまでも彼らを応援し続けます。
彼らに夢を託すだけでなく、自分自身も大きな(ある時は無謀とも言える)夢を追い続けながら。

一度決めたら、やり通す。

彼らの音楽と姿から教わったことですから。

Dsc_2803
(これが最後に撮った「5人のせきずい」写真となってしまいました。)

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